月刊誌『SF』(体育施設出版)に隔月で連載をしているコラムの紹介です。雑誌『SF』などと書くと誤解されてしまいそうですが,「Sports Facilities」の頭文字をとったものです。つまり,「スポーツ施設」。もとの名前は『月刊体育施設』。以前は「文学にみるスポーツ」という連載を長い間(20年以上),やらせていただいていた,わたしにとってはお馴染みの雑誌です。その雑誌に,いまは,「絵画にみるスポーツ施設の原風景」というタイトルの連載をさせていただいている,という次第です。すでに,今回で21回目の連載となります。
その掲載誌(8月号)が送られてきましたので紹介したいと思います。正式には,2012年8月号,第41巻10号,P.25.に掲載されたものです。内容は以下のとおりです。
「17世紀の上賀茂神社の競馬(くらべうま)」。
賀茂競馬図屏風(六曲一双)の部分を取り出してみました。左右に六曲ずつの屏風が対になっているものです。それぞれ縦120cm,横275cmもあります。この図は,左側の屏風の一番左側の三曲に描かれています。
図の上の方には上賀茂神社の社殿が描かれ,下の方に競馬で競り合っている二騎が描かれています。ゴール直前の激しい競り合いです。馬場を区切る埒(柵)の周囲には大勢の人が群がっています。なかには埒の上に立ち上がって応援している人もいます。扇子を片手に,片肌脱いだ埒に腰掛けて応援している人も見えます。ついでに屏風全体に描かれている人びとの姿を追ってみますと,当時のさまざまな風俗が描き込まれていることがわかります。身分もさまざまです。みんなこの競馬を楽しみにして集まってきた人びとです。
上賀茂神社の競馬は,毎年5月5日に行われる神事のひとつです。五穀豊穣を祈念する走馬の神事が起源だといわれています。5月を代表する京都の年中行事として知られており,多くの屏風絵の題材としてとりあげられています。いまでも社殿に向かって左側に馬場があって,盛大に競馬が行われています。その場所はむかしから変わっていないようです。いまでは見物客がいっぱいで,境内から溢れんばかりですが,この屏風図をみるかぎりでは,競馬をよそに酒宴を張っている人たちがいたりして,のどかな月次(つきなみ)の年中行事であることが伝わってきます。
17世紀といえば,戦乱の時代が終わり,世の中が落ち着きを取り戻しつつあるいい時代だったようです。ここに描かれて人びとの姿からも,そんな雰囲気が感じられます。平和な時代にあっても,武士にとっては,馬はいざ戦というときの備えとして欠かすことはできません。
神事として始まった競馬も,いつしか優秀な馬を選び出すための文化装置に変化していきます。全国の賀茂神社の系列では,いまでも熱心にこの競馬が伝承されているのは,その名残りと言っていいでしょう。
ここでは,神社の境内がスポーツ施設の原点のひとつであったということに注目しておきたいと思います。
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その掲載誌(8月号)が送られてきましたので紹介したいと思います。正式には,2012年8月号,第41巻10号,P.25.に掲載されたものです。内容は以下のとおりです。
「17世紀の上賀茂神社の競馬(くらべうま)」。
賀茂競馬図屏風(六曲一双)の部分を取り出してみました。左右に六曲ずつの屏風が対になっているものです。それぞれ縦120cm,横275cmもあります。この図は,左側の屏風の一番左側の三曲に描かれています。
図の上の方には上賀茂神社の社殿が描かれ,下の方に競馬で競り合っている二騎が描かれています。ゴール直前の激しい競り合いです。馬場を区切る埒(柵)の周囲には大勢の人が群がっています。なかには埒の上に立ち上がって応援している人もいます。扇子を片手に,片肌脱いだ埒に腰掛けて応援している人も見えます。ついでに屏風全体に描かれている人びとの姿を追ってみますと,当時のさまざまな風俗が描き込まれていることがわかります。身分もさまざまです。みんなこの競馬を楽しみにして集まってきた人びとです。
上賀茂神社の競馬は,毎年5月5日に行われる神事のひとつです。五穀豊穣を祈念する走馬の神事が起源だといわれています。5月を代表する京都の年中行事として知られており,多くの屏風絵の題材としてとりあげられています。いまでも社殿に向かって左側に馬場があって,盛大に競馬が行われています。その場所はむかしから変わっていないようです。いまでは見物客がいっぱいで,境内から溢れんばかりですが,この屏風図をみるかぎりでは,競馬をよそに酒宴を張っている人たちがいたりして,のどかな月次(つきなみ)の年中行事であることが伝わってきます。
17世紀といえば,戦乱の時代が終わり,世の中が落ち着きを取り戻しつつあるいい時代だったようです。ここに描かれて人びとの姿からも,そんな雰囲気が感じられます。平和な時代にあっても,武士にとっては,馬はいざ戦というときの備えとして欠かすことはできません。
神事として始まった競馬も,いつしか優秀な馬を選び出すための文化装置に変化していきます。全国の賀茂神社の系列では,いまでも熱心にこの競馬が伝承されているのは,その名残りと言っていいでしょう。
ここでは,神社の境内がスポーツ施設の原点のひとつであったということに注目しておきたいと思います。
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